キャラクターテノールの王様 Heinz Zednik

いとうまゆのベビーサイン(テキスト+DVD)

Heinz Zednik (ハインツ ツェドニク)は1940年オーストリア生まれのテノール歌手。

良いオペラ公演には必ず名脇役が必要であり、
時には主役以上に存在感を発揮する者もいることを、実際にオペラを鑑賞して経験されている方もいるかもしれません。

しかし、そんな役を歌う歌手は、主役をまだ歌えない若手か、声量や声質の関係で脇役しか歌えない者、あるいは一線を退いて声の衰えた元主役歌手などが多く、キャラクターテノールという役回りの職人は意外と少ないのではないかと思います。

しかしツェドニクはキャラクターテノールの最高潮と言われる、ジークフリートのミーメ役を筆頭に、魔笛のモノスタトス、カルメンのレメンダード、ナクソス島のアリアドネのダンス教師といった役柄を歌い続け、これらの役の理想として語り継がれるほどの功績を残しました。

キャラクターテノールと言えば、歌唱技術より演技が重要だと考える方もいるかもしれませんし、実際無茶苦茶な発声でデフォルメ声を出している人も見かけることがあります。ですが、オペラで本来重要な演技力とは、動作ではなく、声で演じられる技術があるかどうかです。
演奏会形式でも動きが見えるような歌唱が出来なければ本物のキャラクターテノールとは言えません。

 

 

ワーグナー ジークフリート Notung Notung(1幕フィナーレ)

 

(ミーメが歌い始めるのは2:25~)
とても難しい役なのですが、楽々と声を出しているのがわかります。
明るくて軽い声ですが、決してアペルトなだらしない平べったい響きではなく、どの母音も同じ質の響きで、軽い声でも中音域はジークフリートを歌っているユングより響いているかもしれません。
声量がある訳ではありませんが、一切無駄のない響きで歌っているのがツェドニクの凄いところです。

 

 

 

 

Rシュトラウス Die Künstler sind die Schöpfer

 

 

<歌詞>

Die Künstler sind die Schöpfer,
Ihr Unglück sind die Schröpfer.
Wer trampelt durch den Künstlerbau
Als wie der Ochs von Lerchenau?
Wer stellt das Netz als Jäger?
Wer ist der Geldsackpfleger?
Wer ist der Zankerreger?
Und der Bazillenträger?
Der biedere,der freundliche,
Der treffliche,der edle Verleger.

 

 

<日本語訳>

芸術家は創造主なのだ
不幸なのは、横取りする輩がおり、
芸術家の作品を踏み荒らすのです。
まるでレルヒェナウの雄牛みたいじゃないかって?(バラの騎士のオックス男爵のこと)
狩人のように罠を仕掛けているのは誰なんだ?
金庫番は誰なんだ?
喜んで喧嘩をしている奴
そんで、黴菌の運び屋は誰なんだ?
それは手堅い奴、愛想がいい奴
ご立派なな奴、それは高潔でいらっしゃる出版社の人間だ。

 

 

Rシュトラウスには出版社との軋轢をそのままぶつけた歌曲がありまして、
その中の1曲ですね。
普通はあまり歌われないネタ的作品ですが、その分ツェドニクが歌うために書かれたような作品とも言えなくもありません。
歌唱の面では、かなり低音まで使うのですが、響きがなくなることなく、
無理をして出しているようでもありません。
無茶苦茶な声の出し方をしているようで、喉に負荷をかけるような声の出し方はしていない。というのは間違えなく高度な技術と言えます。
タイプは全然違いますが、ヴィントガッセンにそういう部分は似ているかもしれません。

 

 

 


 

 

 

Rシュトラウス ナクソス島のアリアドネ Im gegenteil

ダンス教師役の一応アリアと呼べるのでしょうか?
最後の高音の抜け方なんかは実に見事で、
キャラクターテノールだからと言ってデフォルメした声のような調子でばかり歌う訳ではなく、しっかり歌える上で崩しているというのが重要なポイントではないかと思います。
こういう曲を他の歌手と聴き比べると、ツェドニクの演奏がいかに表情豊かがわかります。

 

 

William Blake

この人も中々上手いのですが、どうしても真面目に歌い過ぎです。
大げさに、ふざけているように見えて、実は針に糸を通すような正確さで声をコントロールする。
キャラクターテノールにはそういうテクニックが必要で、このように真面目に歌ったら、
ただキャラクターテノールの役柄をやっているだけで、西洋クラシック音楽を歌うのとは違う発声で、ただ変な声を出しているのではオペラ歌手とは言えません。

どうしても主役に耳がいってしまいますが、
時にはこういった味を出している脇役にも注目してみると面白いですし、
歌を勉強している方にとっては、表現の引き出しがきっと増えることでしょう。

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